2014年12月26日(金)、明大前のハナムラ楽器で、3ヶ月熟慮した末にエレクトリックギターを購入しました。日本産の完全1枚板の桐をボディ材に使い、ブルーベリーで染色しラッカーのみで塗装したレスポール型のギター。恐らく世界に1台しかないのでは、と思われるような仕様の楽器です。そのままだけど『ブルーベリー』という愛称で呼んでいます。
サウンドも弾き心地も見た目も本当に唯一無二で大好きな、一生大事に使っていきたいと思っている楽器で、勢い余ってこんなページを作ってしまいました。
高校生の頃からお世話になっている大好きなハナムラ楽器の花村さんが、お客さんからたまたま譲り受けた巨大な桐の木の塊と、たまたま親戚にもらったブルーベリー(山葡萄)を使って2008年前後に作った(と思われるが、花村さんの記憶が定かではない)ギターです(※もしこの記事をご覧になっている方の中で正確な制作年代をご存知の方がおりましたらぜひご一報ください。)
ボディの厚さは6cm以上あるのですが、総重量は3.1kgしかなく、この辺もソリッドのエレキギターにしてはかなり異色です。
↑花村さんと自分。
花村さんは「こんな楽器は世界にこれしかない。地産地消って言うだろ。ニューヨークに持っていっても個性を発揮できるサウンドのギターだ」と言っていました。いつかニューヨークで弾く機会に恵まれたら良いなと思いますが…。
花村さんはこんな人。
笑う時は「カッカッカ」という感じで笑う花村さん。
最後の動画は演奏も最高だと思う。
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以下には、『ブルーベリー』やハナムラ楽器、花村さんにまつわるアレコレや、そこから派生する、自分が日々ぼんやり考えている楽器や音楽に関する雑感などを書いてみました。書きたいことは色々あって、この機会にと思って書き始めたのだけれど、少し長くなってしまいました。
ギターや音楽に興味が無い人が読んでも面白いようなものにできれば良いなと思って書き始めたのですが、やはり大半は少々マニアックな話になってしまったかもしれません。
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自分が初めてハナムラ楽器に行ったのがいつだったか、正確には憶えていないけれど、たぶん2005~2007年頃だと思う。
その当時中学生~高校生だった自分がよく見ていた「楽器リンク」という名前の個人サイトがあった。その名の通り全国のたくさんの楽器店(大手量販店から個人経営の中古楽器店、あるいは楽器工房まで幅広く)のサイトへのリンク集で、その当時ウェブを持っていた日本の楽器店全てが載っているんじゃないかというくらいの網羅っぷりと、サイト主の人柄がうっすらと出た親しみやすい一言コメントが面白くて、そこを通じて沢山の楽器店を知ったし、実際に多くのお店に行きもした。
高校1年生の終わりくらいの時点で、そのサイトに載っていた東京の楽器屋には殆ど行ったんじゃないかと思う。中でも印象に残っているのは、橋本駅からさらにバスで20分くらいのところにある、倉庫を改造したような雰囲気の「clash egg Recordz」や、小平の住宅街の一角にある「じゃべらぼう」など。どちらも個人経営の、中古~ヴィンテージ楽器を中心に扱っているお店。
自分は中学生の頃からずっと、新品の楽器にはあまり興味が無く、古い楽器に魅かれることが多かった。と言っても数十万~数百万するようないわゆる「ヴィンテージ」ではなく…、数万~高くても10万前後で買えるような、「中古」「オールド」と言われるような楽器が大好きだった(というかまず何十万もするヴィンテージ楽器はそもそも手が届くわけないのだけれど)。
そうやって楽器を探していると、必然的に対象は60~80年代に作られた国産楽器、あるいは変な改造がしてあったり使用感の多かったりするアメリカの楽器、あたりに絞られることになる。
ただ単に古かったりチープだったりするものが良いというわけではなく、安い値段で買えるんだけど造りや音がしっかりしていて、弾いていると20~40年丁寧に扱われてきたことや生き残って来た理由が解る、そんな楽器が好きで、これまでに色々なお店でたくさんのギターを弾いてきたし、中高生の頃からお年玉やバイトで貯めたお金で何本か買ったりもしてきた。
少し話が逸れてしまったけれど、そんな感じで自分は中学生の頃から「楽器リンク」を通じて知った東京の楽器店をあちこち回ってきた。そしてその一環で訪れたのがハナムラ楽器だった。
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ハナムラ楽器は、昨年77歳になった店主の花村芳範さんが50年ほど前に始めたお店で、一言でいえば楽器の製作と修理を行なっている「工房兼店舗」。冒頭に書いたように、初めて遊びに行ったのがいつだったかは憶えていないのだけど、もうお店に入った瞬間から自分は大ファンになって、それ以来度々遊びに行くようになった。
ハナムラ楽器のギターを買ったのは『ブルーベリー』が初めてだったのだけれど、それ以前に花村さんにギターの修理をお願いしたことが2回ある。
1回目は高校生の時で、折れたネックの修復(ギブソンのメロディメーカー)。2回目は大学生の時で、フレットの擦り合わせ(アリアのシンライン)。どちらの修理の時も、花村さんは「◎◎(某有名工房)だったら倍とるぜ!」と言いながら、相場よりもだいぶ格安で修理を行なってくれた。
ちなみに1回目の時は、自分主宰のバンド・しゃしくえの初ライヴ(バンドといっても、このときは自分1人の編制だった)の翌日。初ライヴを終えて意気揚々と帰宅、翌朝ギターケースを開けてみたらネックがビリビリに折れていたのだった(たぶん楽屋の環境がハードコアだったために、対バンの人などにケースごと倒されたりとかしたんだと思う)。おまけにそれはライヴの2ヶ月前にバイトの貯金を半年貯めて買ったばかりの念願のギターで、気分は奈落の底。しかもネック折れの修理には安くない金額(高校生にとっては大金)が掛かるので、藁にもすがりたい気持ちで家の近くにあるハナムラ楽器に持って行った。すると花村さんは「君はゼニが無いようだから」と言ってかなり安い値段でネック修復を行なってくれた。この時の救われたような気持ちはずっと忘れないと思う。
2回目の時にお願いしたシンラインも、ただのフレット調整とはいえ少々難ありな工程を格安で行なってくれた。
これらの2本のギターはまだ所有しているけど、何の問題もなく今でも快適に弾くことができる。
このことから自分が何を言いたいかというと、当然と言えば当然なのだが、花村さんは一流のギターリペアマン、職人でもあるということ。50年店を営んできた花村さんに対してわざわざこんなことを言うこと自体、失礼極まりないとも思うのだけど、わざわざ言っておく必要もある気がしている。
なぜなら、ハナムラ楽器はテレビや新聞などでも度々取り上げられているいわば「名物店」的なお店だといえると思うのだけれど、その多くは「個性的な店主が営む、一風変わった珍楽器店」というようなイメージを第一に描いたものだからだ。見たことのない・使用方法も判らないような楽器や、メロンの皮で作ったウクレレ。独自のギター論を、江戸っ子が切る啖呵のようにお客さんに披露する花村さん…などなど。
もちろん、そういった点もハナムラ楽器の大きな魅力なのだけれど、僕はそれ以前に、「極めて稀有な、厳格なポリシーを持った楽器職人である」という点に花村さんの面白さや偉大さはあると思っている。
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ギター制作における花村さんのポリシーの1つは、端的にいえば「完全単板&完全ラッカー塗装」の楽器しか基本的には作らない、というものだ。
古今東西作られてきたギターの中で「単板」あるいは「ラッカー塗装」というスペックを名乗っているものは多くあるが、花村さんの認識としては、そのうち「完全単板・完全ラッカー」のものは、1960年代以降になってしまうとほとんど無い。
花村さんの定義する「完全単板」とは、継目の一切ない、生えてきたままの木から削り出した1つの木塊をギターのボディやネックに使用すること。
現在でも「単板」を謳っているギターは多く存在するが、その殆どが「完全単板」ではない、と花村さんは考えている。アコースティックギターなどによく見られる、ベニヤ板を貼り重ね一番上に「薄い1枚板」を貼った状態のもの=「単板」、と看做されていたりするのがその分かりやすい例。今日では一般的にはこういった「一部単板」のことが「単板」の代表と捉えられてしまっているが、それは純粋な「単板」=「完全単板」ではない、というのが花村さんの考え。ちなみに現在世界で作られているギターの中には、「1枚の板」など楽器のどこにも使われておらず、オガクズやパルプを固めた木材のみを使用しているようなものも少なくない。
「完全単板」を使用しているギターの長所は何かというと、音が良いこと。……と言っても「良い」はあまりにも大雑把すぎる表現。より厳密に言うなら「木の良い音がする」ということになると思う。木材に継目が無いために振動が楽器全体に淀みなくストレートに伝わり、豊かな鳴りとサスティン(音の伸び)が得られる。弾けば弾くほどに「1つの木塊」に振動が馴染んで、音が深みを増して行く。花村さんは「合板の楽器の音には雑音が混じっているし深みが無い。仮に新品の時にはそれらしく鳴っていても、使っている内にどんどん音が悪くなる」と言う。
また「完全ラッカー塗装」とは、「ラッカー」という塗料のみを塗装に用いること。ギターの塗装には、大きく分けて「ラッカー塗装」と「ポリウレタン(ポリエステル)塗装」という2つの塗装方法がある。ここでこの2つの塗装方法について厳密な解説をすることは控えるけれど、前者は「高価な、楽器の鳴りを活かす薄い塗装」、後者は「廉価な、楽器を強固に保護する分厚い塗装」の代名詞であると言って良いと思う(様々なTPOによって、例外は少なからずあると思うけれど)。単板と似た話なのだけれど、現在では、「ラッカー塗装」というブランドのため、ポリウレタン系の塗装を重ねた上に、最上部にだけラッカー塗装を施し、「ラッカー塗装のギター」として売り出しているものも少なくないという。
完全ラッカー塗装のギターの長所も、やはり「木の音が良く出る」ことだ。分厚い塗装によって楽器の振動が押し殺されるポリウレタン系の塗装に比べて、薄いラッカー塗装の方が楽器がよく震える=鳴る、ということ。
花村さんは、「合板&ポリウレタン系の分厚い塗装によって、ピカピカに保たれているが、木の鳴りが殺されているギター」が「現代のギター」であると考えている。それに対して、最低限の薄さの完全ラッカー塗装のみを用いて、「完全単板の木の鳴り」がバンバン出るギターを作る、というのが花村さんのポリシーだ。
自分はハナムラ楽器に行く前から、「単板」や「ラッカー塗装」という言葉を知っていたし、それによって大きく音が変わる、という話も聞いたことがあった。というかギターを弾いている人なら誰だって聞いたことのある話だとは思う。でも僕は、その違いをギターを弾き比べて実感する、という経験はそれまで殆どしたことが無かった。
ただハナムラ楽器のギターは決定的に違った。弾いた瞬間に、「木が鳴る」ということがどういうことなのか、が解る気がした。今まで自分が弾いていたギターは全くと言って良いほど「鳴っていなかった」のだ、というような気持ちにすらなる。デッドポイントの無い木のギターの響き、人の居ない原生林の奥から吹いてくる風のような澄んだ音、というものは完全な一枚板が淀みなく鳴ることでしか生まれ得ないんだ、と思ってしまうような圧倒的な音。少し大げさに聞こえるかもしれないけれど…。ハナムラ楽器のギターを初めて弾く人は、少なからずこういった感動を受けるのではないかと思う。笑ってしまうくらい音がどこまでも長く伸びるという感触。
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ただその一方で、捉え方によっては単板&ラッカーというスペックにもデメリットはある、あるいは合板&ポリウレタンにもメリットはある、ということにも触れておきたい。
合板&ポリウレタンのギターの最大の強みは、頑丈であるということだろうと思う。一般的に単板よりも合板の方が強度はある(特にアコースティックギターの表に使われているような薄い板は、完全単板だと経年による反ったり変形したりといったリスクが非常に高い)し、ポリウレタン系の分厚い塗装で覆われたギターは、本体の木材そのものに傷を付けにくい。
あるいは、合板や分厚い塗装が音の「鳴り」を封じ込める、ということが、輪郭の締まったカリッとした音にしてくれる / 常に一定の音を提供してくれる、ということに繋がるケースもある。反対にハナムラ楽器のギターは、あまりにも「鳴りすぎ」ていてサウンドの輪郭をコントロールしにくく扱いづらい、と感じる人もいるかもしれない。これは好みにもよる問題だけれど、花村さん自身も「うちの楽器は、常に安定したサウンドを必要とするようなスタジオ系のプロには向いていない」とも言っていた。
ただ自分の場合は、こういった点をも考慮した上で、ハナムラ楽器のギターが本当に大好きだった。
けれど安い買い物ではない。初めて触ってから3ヶ月迷い、その間にブルーベリーを3回弾きに行ったし、他にも色んな楽器屋でたくさんのギターを弾かせてもらった。PRSやKnaggsといったハイエンド系ブランド、あるいはFenderやGibsonのヴィンテージもしくはカスタムショップの高価なギター(買えないようなものまで)から、お馴染みの国産中古系のギター、何かと憧れているSteinbergerやAlembicなどのハイテクギターまで。
もちろん素晴らしい楽器がたくさんあったけれど、自分はやはりハナムラ楽器のギターが一番好きだった。一番、というか、ハナムラ楽器のギターだけは全くの「別物」に思えた。
この中でもハナムラ楽器のギターと対照的なのは、PRSやKnaggsなどのハイエンド系ギターだと思う。トップ材は単板が多いが、バック材には複数ピースを重ねた多層構造ボディが基本で、かつ装飾的な立派な塗装が施されたものが多いからだ。
でもくれぐれも言っておきたいのは、これらの楽器も本当に素晴らしい楽器であるということ。50万~100万円クラスのギターをいくつか弾かせてもらったのだけれど(到底買えないのに。すいません…)、計算し尽くされたような構造のギターは非常にストイックに音が作り込まれていて、演奏性にしてもサウンドにしても、古今東西のギターの長所ばかりを詰め込んだような物凄い楽器だと思った。
ただ一言でいえば自分には合っていなかった。自分の目指す音楽のサウンドはそういったハイエンドな楽器を求めていないと思った(←カッコつけて書きましたが、そんな「凄い」演奏は自分には出来ないという意味でもあります)し、どうしても見た目が美川憲一さんの紅白の衣装みたいに見えて、例えどんなに素晴らしい音でも自分は数十万出して買う気にはなれなかった…あと、ブルーベリーを弾いた時には「この楽器と一緒に歳を取っていきたい」みたいなことを思ったのだけれど、PRSなどのギターにはあまりそういうことも思えなかった。恋人の別れ話でよくある「貴方との将来が思い描けない」みたいなやつかもしれない。ブルーベリーが古く、ボロくなっていくのは楽しみだけれど、PRSやKnaggsの楽器が傷付いていくのはあまり好きではないという気が何となくした。
あとブルーベリーは、弾いていると楽器からマイナスイオンとかα波みたいなものが出てるような気がして(どっちもどういうものなのかよく知らないけれど)、凄く癒されるような気分にもなった。弾いているととにかく「木が鳴っている」と感じるギター、それがハナムラ楽器のギターの特異な点だ。花村さんも「うちのギターからはα波が出ている。それは教授によって科学的にも証明されている」と言っていた。これについては僕は真相がよく分からないし、「教授」も誰のことなのか知らないけど。
とにかく、そういったいくつかの理由が、自分がブルーベリーを買うことにした理由だったと思う。
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冒頭に、ブルーベリーは「2008年頃」に作られたと書いた。
花村さんはそういうことに興味がないというか何というか、いつ作ったか記録を残していないのはもちろん、あまり正確に憶えていない。ブルーベリーを買う時に尋ねると、「大体5年くらい前だと思う」と言っていた。「震災より前でしたか?」と聞いたら「う~ん多分地震が来た時にはもうあったと思うんだけどねえ…」などと言っていた。
どうして2008年頃かということが判ったかというと、ネットでハナムラ楽器の写真を載せている人を色々調べて、店内にブルーベリーが吊るされている様子が写っている写真で一番古いものが2008年半ばのもので、塗り立てのような鮮やかな青色をしていたからだ(今はかなり深みのある「ドス青い」とでもいうような色になっている。この色も魅力)。
つまり、ブルーベリーはハナムラ楽器のギターにしては珍しく、7年あまりものあいだ売れ残っていたということだ。
ブルーベリーは20万円だったのだけれど、ハナムラ楽器のレスポール(マホガニー材仕様のもの)の相場が50~100万円程度であることを考えると、比較的安い楽器だ。それはたまたま手に入った木材を使って気の向くままに作られたイレギュラーな楽器であるということに起因している。この辺りの偶然性や例外的な存在である点も自分は気に入っている。
でもそんなブルーベリーが長年売れ残っていたのは、楽器の質が低いからではなく、1つにはハナムラ楽器のギターは殆どがオーダーメイド生産だということもあるし、通常はギターに使われることのない「桐」という木材で作られているために、敬遠するお客さんが多いからだろう、と花村さんは言っていた。「レスポールはマホガニーが使われてなきゃいけないと皆思ってるからね。頭が硬いんだよ」とも。
でも確かに、ブルーベリーの音はとても柔らかくて澄んだ優しい音なのだが、違う角度から見るとパワーが無い音だとも言える。音楽のジャンルによっては使いにくいかもしれない。「君がヘヴィメタ弾いてるんなら薦めないよ。でも君はとても “魅力的” な感じでギターを弾くからね。合ってると思うよ」花村さんがそう言ってくれたのも嬉しかった。
初めてハナムラ楽器にメロディメーカーの修理を頼んだのは2009年の2月。気付いていなかったけれどその時には既に自分は壁に吊るされているブルーベリーに会っていたわけで、初めて触ったのは2014年の9月だったけれど、それまで自分を辛抱強く待ってくれていたような気が勝手にしていることもこのギターを気に入っている理由の1つだ。
2008年からずっとブルーベリーは素晴らしい楽器だったはずだけれど、その頃高校生だった自分にはこの楽器のサウンドの良さ、色々な価値は解らなかったと思う。僕がその価値を解るようになるまで待って居てくれてありがとうなどと思ってしまう。……ギターに対する愛情表現が少しずつ過剰になってきている気がするので、この辺で一度止めておきたい。
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ところで、その時(2009年)格安で修理してもらったメロディメーカーが、完璧にネック修復されていたことは初めにも書いた。
がしかし、この時修理から帰ってきたギターには、修理内容とは関係のないボディの部分に、小さな擦り傷が少し付いていたりもした。花村さんは修理した後のギターをその辺に無造作に吊るしておいたりするので、ちょっと擦れたりした時についた傷だと思う。
自分は花村さんのそういうところも含めてハナムラ楽器のことが好きだし、ギターに傷が付くことも嫌いではない(むしろ好きなくらい)。でも、預けたギターに傷がついて返ってきたら不満を持つ人の方が多いだろうし、お金を払って預けたものに傷をつけないなんてことは「今の日本の常識」みたいなものに照らし合わせれば当然のことだ、と言われれば何となくそうな気もする。
でも、本当にそうなのだろうか?
今の日本の常識、みたいなものと照らし合わせた時に、そうやって「はみ出る」ような点が、ハナムラ楽器には他にもある気がする。お店には乱雑に木材やギターが並んでいたり、花村さんが全て自身の手で造っている楽器には、大手メーカーやハイエンドな工房が作るようなピシッとした「製品」の感じは無く、見た目には手作り感が溢れている。
そういったピシッとした楽器や店をある種のスタンダード / 常識として自分の中の基準にしている人にとっては、ハナムラ楽器はやはり、多くのメディアが描き出すような「個性的な店主が営む一風変わった珍楽器店」としか映らないだろうなと思う。あくまで「例外」として扱うだけで、他の「ちゃんとした」楽器屋と同じようには認識・評価しないだろう。
それはあくまで個人の価値観に拠るものだし、そう思う人が間違っていると言いたいわけではもちろんない。
ただ、そういう個性的なお店だったり、あるいはもっと広く「何らかのアブノーマルな存在」だったりが、基準からズレているという理由だけで、その本質と向き合われることなく最初から珍種のカテゴリーに押し込まれ、あくまで例外としてしか扱われない、悪い場合には抑圧さえされてしまう、という風潮は、現代の日本において楽器や音楽に限らず、社会の至るところで起こっていることのような気がする。端的にいえば社会が、多様な存在をあるがままに受け入れる幅広い度量を持たない方向に進んでいると思う。文化において最も重要な要素の1つは多様性ではないかと自分は思っているけど、それとは逆の方向に世の中が動いているように見えてしまうことがしばしばある。
ハナムラ楽器というお店の存在は、「周りに縛られず、柔軟な独自のアイディアに基づいて新しいものを創る人がいて、それが社会の中である程度自然に受け容れられていく」という環境が、かつての日本には多少はあったからこそ、ここまで続いてきたものであるように思える。でもこれからの時代はどうなっていくのだろう。
自分は、ハナムラ楽器のようなお店、花村さんのようなギター職人を他に知らないし、今後こういう人は出てくるのだろうか?などということを考えると少し暗い気持ちになってしまう。僕は、修理に出したギターに小さい傷が付いて帰ってきたり、『ブルーベリー』のパーツが少し曲がっていたりすることをも含めて、ハナムラ楽器よりも素敵で面白い楽器屋を知らない。
音楽や楽器、機材といったものにも今や様々なブランド意識だったりマナー、ファッション、サロン的な側面がある。これはクラシックやジャズといったエスタブリッシュメントな現場に限らず、ロックやポップスのフィールド、その中のインディーズやアンダーグラウンドといった、一見独立的にみえるシーンでさえ変わらないことになってきていると思う。「この音楽を聴いてる人はこんな趣味の人」「このブランドのギター、このエフェクターを使っているあなたはこんな主張」と言った具合。個々の音楽やギターの音そのものにあるがままに向き合う前に、そういう合言葉が文化の本質として看做されるという風潮。
自分はそういうのがとにかく嫌で、そんな世界とは全く別の次元で自分だけの音楽と自分だけのギターを鳴らしたかった。そんな中で「如何にして木を鳴らすか」ということにのみ特化した花村さんの楽器制作に心底魅力を感じてきたし、実際に『ブルーベリー』の音は他のどんなブランド楽器よりも良い、世界のどこにも無いサウンドのギターだと思った。だからこのギターを買った。
木材というものはどんどん稀少なものになっていて、これから先、木製の良質なギターというものはどんどん減っていくだろうし、そう遠くない将来には全く無くなってしまうことすらあるかもしれない、と、最近読んだ本の中でリンダ・マンザーというギタービルダーも言っていた。(リンダ・マンザーはパット・メセニーのギターを作っていることでも知られる世界的な大物ビルダー。読んだ本はマンザー氏の自伝のような本です。)
だからいま自分は、桐の完全単板という極めて稀少な『ブルーベリー』というギターを生涯大切に弾いて、いつか次の世代の誰かに受け継がせることが出来たら良いな、などとさえ思っている。それくらいこの楽器のことが好きなのだ。
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花村さんは現在77歳。100歳まではギターを創り続けてくれると言っていましたし、そう信じていますが、去年もご病気で長期休養なさったりしていました。
この記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ明大前まで遊びに行ってみて下さい。きっと今までに見たことのない世界が広がると思います。楽器を弾かない方でも、花村さんのお話を聴くと元気がもらえると思いますよ。
ところで、余談かつ単なる偶然なのだけれど、大学の時に美術館でバイトして貯めたお金で思い切って買ったコンデンサ・マイクも『ブルーベリー』というモデル。もちろん果物のブルーベリーも大好きです。
2015.2.24 tnk
ハナムラ楽器『ブルーベリー』のスペック
ボディ:桐(完全単板)
ネック:シダー(完全単板)
指板:レッドチーク(完全単板)
フレット:22
ピックアップ:詳細不明ハムバッカー×2(昔から店にあったもの)
ピックガード:スプルース(完全単板)
ピックアップカヴァー:スプルース(完全単板)
コントロール部分パーツ:スプルース(単板)
ペグ:クルーソン
ポジションマーク:黒檀とプラスチックの輪切り
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2020.9.3 文章を少し推敲しました。また、「この楽器が演奏されている様子を見てみたい」というお便りをいただいたので、YouTubeに簡易的な動画をアップしてみました。そのほかにも気になることがありましたら、お気軽にご連絡ください。